誰もが認め、憧れられる存在になる為に ブランド価値を伝えるサロンオペレーションの再定義
株式会社アトリエ・エム・エイチ
『季刊MS&コンサルティング 2015年夏号』掲載
取材:八記 建太郎
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
全国に約23万店ある美容院。コンビニエンスストアの4倍以上の店舗数という過当競争に加えて、クイックカットなどの新業態も誕生し、従来型の美容院を取り巻く経営環境は厳しい。そうした中、老舗ブランドであるモッズ・ヘアは「顧客から選ばれ続けるブランド」を目指して、ミステリーショッピングリサーチ(以下、MSR)を活用した改革に取り組んでいる。日本でモッズ・ヘアの統括を行う株式会社エム・エイチ・グループの佐藤社長、直営サロン運営を行う株式会社アトリエ・エム・エイチの阿部社長、サロンディレクター下田氏にお話を伺った。
※従業員満足度調査「tenpoket(テンポケット)」を同社では、「働きがい診断」と呼称しています。
MSRを導入されたきっかけは?
佐藤氏:本部として「もっとこうした方が良い」という考えがあっても、実際に行動するのは現場です。では、そこにどう働きかけるか、変化に対応し続けることができる現場をどう作るかということを考えたとき、我々のようなマネジメントをする側が指導する体制だけでは不十分ではないかと考えたのがきっかけです。現場に一番響くのはお客さまからの声であり、それを可視化できるのが覆面調査ですので、導入することでひとつのツールになると思いました。
阿部氏:美容師に特有なのかどうかわかりませんが、業績という理由ではなかなか行動に結びつかないところがあります。お客さまの反応には非常に敏感だけれども、そこを飛ばしていきなり業績の話だと拒否反応が出るというスタッフが多いのです。お客さまの反応を数字にしたものが業績だということが、直感的には理解しづらいのでしょうね。
覆面調査を依頼するにあたっては複数の会社を検討しましたが、御社は調査だけではなくその先の改善もご支援いただけると伺いましたので、プランについて何回もお話をさせていただいた上で御社に決めました(図1)。
【図1】テーマに沿った改善活動
まず準備期間で、弊社のMSRと働きがい診断の結果から、組織の強み・弱みの現状分析を行った上で、これから目指すべき方向性を検討しましたが、取り組んでみての感想はいかがですか?
下田氏:すごく良かったですね。最初に、私たちモッズ・ヘアのブランドコンセプトを「その時代の“カッコイイ”女性像を、ヘアスタイルを通じて提供すること」というキーワードで定義づけしました。そしてそれを「CS」「ES」「業績」の指標に置き換えて具体化していったのですが、その検討の中で阿部が「スタッフが長く働き続けられる職場であれるよう、社会人の平均年収を目指そう」と言ったときは、非常に納得しましたし、そういう具体的な目標を設定することで、生産性の大切さに改めて気づくことができました(図2)。
【図2】CS・ES・業績の指標
阿部氏:給料というのはスタッフ全員が共感できるワードですからね。
佐藤氏:最初の3ヶ月間で検討を重ねる中で、まずは本部の中での共通言語や共通認識がしっかりと確認された点が大きな成果だと感じています。CSやESについて考えることはもちろんそれまでもありましたが、この検討を通してそれらがバラバラに存在するものではなく、サービスプロフィットチェーン(図3)という同一の軸の上にあり、それぞれが強く関係しているという理解が深まったこと、またそれを他の幹部陣とも共通認識として共有できたことは、その後の取り組みの基盤として非常に重要だったと思います。
【図3】サービスプロフィットチェーン
その後の第1期では、MSRやその他の数字を基盤として、自分たちの手で改善を進めていくことができる「自立したサロン」の土台作りということで、特に規定時間内(図4)での満足度向上を目指す「時間満足度」をテーマとした改善活動を行ないました(図5)。
阿部氏:これも「時間満足度」という定義をしたことによって、時間についての考え方がいかにバラバラであったかに気づくことができました。たとえばスタッ フと話をしていると、「どれだけ時間をかけてもお客様が満足すればいい」というスタッフが多く、お客さまの時間を預かっているということに気づいていない。そこに「10分1,000円のサロンが安いというけど、うちが6,000円のカット料金を頂いても、2時間かけていたら時間単価はうちのほうが安いよね」という話をしたときに初めて気付くなど、施術内容と時間に対する価値が別になっていました。そこで、まずは認識を一致させるために、時間をきちんと区切って考えることにしました。
【図4】行動基準表
下田氏:この取り組みをして、自分のプレイヤー時代の感覚を反省させられました。施術に時間がかかってしまっても「混んでいるから仕方がない」としか思っ ていなかったところもありましたし、それまでは病院の待合室のような感じで、予約に遅れて来られようが飛び込みのお客さまだろうが、予約順・来店順に対応していくのが当たり前で、その結果、後ろが遅れていってしまうことはある程度仕方がないという感覚でしたので、「お客さまの優先順位をつける」という発想 も衝撃的でした。
【図5】行動基準チェックシート(12月度:一部抜粋)
またマネージャーとしては、チェックシートやフォーマットなどのツールを作ることを通して、「行動を目に見えるようにする」「誰でも同じ理解ができるようにする」ことの大切さに気づくことができました。
佐藤氏:マネジメント層がこういった考え方を身につけられたことも大きな収穫ですね。行動を可視化することがどれだけ大事なのかということを、実感として身に付けられたことは大きいと思います。
それまでもPDCAサイクル(図6)がなかったわけでは決してないのですが、C(検証)がうまくできていなかったので、その後のA(改善)が的確ではないという状態がありました。それが、MSRを導入するにあたって、組織の目標を定義し、その目標を落とし込む形でチェック項目を設計したことによってCが機能し、残るP(計画)・D(実行)・Aもきちんと機能して、サイクルが効率的に回るようになり、結果、MSRの「時間」に関する項目の不満比率は13%か ら9%に低減しました。また、「時間」と相関の深い「居心地」は13%から5%へ、「価格」は27%から9%と、2項目への不満比率も大幅に低減しまし た。
【図面6】MSRを活用したPDCAサイクル
時間満足度とは別に、モッズ・ヘアという美容業界の老舗ブランドとしてのブランド力を維持・向上させていくことも今回の取り組みの軸の一つですが、これについては。
佐藤氏:私たちサービス業において、ブランドは特に重要なものだと思います。サービス業、中でも美容業界は、時間の管理やオペレーションの標準化が困難ですし、実際に遅れていると思います。しかし、困難であっても、自分たちの強みを活かし、またお客さまの目線を踏まえながらきちんと標準化をして、それを軸 に組織として行動すること、またその一つひとつの項目の質を継続的に高めていくことが必要です。さらに言えば、そうしたオペレーションが実践できるか否か ということは組織内部の問題ですが、そのオペレーションを通じてお客さまに価値を感じていただき、満足を上回る状態が実現できるところを目指していかなければなりません。そういう信頼が積み重なった結果がブランドであると考えています。
【図7】CSの成果:お客さま不満度の低減
第2期目となる現在は「顧客単価の向上」をテーマとして掲げ、そのための具体的な目標として店頭販売平均とトリートメント比率を設定しています。もっと も、1期の取り組みでも既に客単価と店頭販売平均は上昇していますが(図8)、明確な目標として掲げての取り組みをスタートして、手ごたえはいかがですか?
下田氏:具体的な数字としては、店頭販売単価1,000円、トリートメント比率45%という目標を設定して取り組んでいます。昨日のミーティングで聞いた話では、取り組み前には29%だった新宿店のトリートメント比率が今月は38%と過去最高の数字を出すなど、今月から数字がぐっと上がってきているようですが、こうした成果を今後も継続的にバラツキなく出していくためには、サロンの取りまとめを担うサロンチーフの能力アップが不可欠です。一人ひとりの行動が変わっていかなければサロンは変わっていきませんから、最終的にはスタッフ一人ひとりがPDCAのサイクルを自発的に回せるようになることが必要ですが、そのためにはまず、サロンチーフが個々のスタッフの能力を見てあげられるようになることが重要ですので、その部分のスキルアップを期待したいと思いま す。
阿部氏:何か新しい取り組みをしようといっても、私たち本部ができなければ店舗が動けないのと同様に、店長が動けなければお店のスタッフは動けませんから、第2期は店長が成長するような機会としたいです。
下田氏:あとは、ちょっとずつでも給料に反映していきたいですね。そういう部分に結びついていかないと、スタッフも「自分たちがやっていることに意味があるのかな?」と疑問を感じてしまうところもあると思うので。
【図8】ESの成果:働きがい診断に見る好影響/全てのカテゴリにおいて、前回(2014年7月)よりも得点が高まり、今期の取り組みがES面においても好影響を与えていたことが分かる。特に「ブランド」のカテゴリでの伸び幅が大きく、「モッズ・ヘア」というブランドへの理解が進んだと言える。
佐藤氏:直営店の取り組みが今後の基準になると思うので、まずはそこが着実に成長して欲しいです。1期目の取り組みは地固めとして、「不満」を「満足」に変える、「減る要因を減らす」ための取り組みであり、顧客からの反応というよりは自分たちが決めたことを徹底する、自分たちの意識や心がけだけで変えられるところを変えていったということですが、これからの取り組みでは、顧客感動満足を得ることができなければ目標の達成は困難です。これからの取り組みが奏功し、「お客さまに違いを感じていただき、選ばれるブランドになる」という状態が実現されていけば、実績への反映も期待できるのではないかと思います。
1期では試行錯誤しながら取り組んできましたが、今期はそれをごく自然に、当たり前にできる状態になれば、お客さまからの評価、そして実績はついてくるとも思っています。そのためには、より現場に近い、実行する役割の人たちをどれだけ巻き込んでいけるかが重要だと考えています。
【図9】業績の成果:客単価・店頭販売平均の上昇